荒野へ/ ジョン・クラカワー --- Into the Wild/ Jon Krakauer

ギャビンのブログで紹介されていて気になっていた本。
http://cityofinstruments.blogspot.com/2008/03/into-wild.html




http://www.amazon.co.jp/%E8%8D%92%E9%87%8E%E3%81%B8-%E9%9B%86%E8%8B%B1%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%AF-15-1-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BC/dp/4087605248



1992年4月、アメリカ合衆国東海岸の裕福な家庭に育った一人の若者が、ヒッチハイクでアラスカまでやってきて、マッキンレー山の北の荒野に一人で分け入った。そして4ヶ月後、ヘラジカを追っていたハンター達によって、うち捨てられたバスの中で腐乱死体として発見される。死因は餓死だった。その死は、やがてアメリカ中を震撼させることになった。


この本は若者の遍歴、若者が旅で出会った人々の証言、家庭環境、登山家である著者自身の体験、文学的洞察、そしてアメリカ人の想像力をかきたてる荒野の魅力、など様々な視点からこの事件を掘り下げており、とても読み応えのある書物になっている。


若者の名前はクリス・マッカンドレス。クリスは学業も優秀でスポーツマンとしてもエリートだった。しかし大学を卒業した後、家族や友人に何も告げず姿を消し、北アメリカを放浪する旅に出る。二万四千ドルの貯金は全額慈善団体に寄付し、自分の車と持ち物も旅の途中で放棄し、財布にあった現金も全て燃やした。


レフ・トルストイやヘンリー・デヴィッド・ソローに心酔し、物質主義的な生活を否定し、過酷な自然環境の中で克己することを目指した頑固な理想主義者であるクリス。そんな彼の生き様を、称賛する者もいれば、むこう見ずな愚か者、無計画な自殺行為で命を落としたナルシストと非難する者する者もいたらしい。


確かにクリスの旅は無茶が多いが、本を読んで放浪の詳細を辿っていけば、彼が一つ一つの逆境を自ら設定し、それを現実的に乗り越えようとしている姿が見えてくる。そしてそういう過程の中で彼が見つけようとしたのは、肉体的経験から産み落とされ、将来に渡って強い支えとなる「信条」だったと思う。だから彼は決して自棄になってこういう旅を続けたのではなく、最終的には生き延びて、自分の帰るべき場所に帰ること(社会の一員となること)を望んでいただろう。


最後にアラスカで餓死したのも、毒性のある植物を食したのが原因だが、それは事故のようなものだった。彼は常に植物辞典を持ち歩いていて、その植物が食用になるか否か確認することを怠らなかった。ただ彼が持っていた植物辞典に、適切な説明がなされていなかったため命を落としたのである(その植物のそういう毒性については、当時どの植物辞典にも明記されていなかったらしい)。


アラスカの過酷な環境の中で彼が日記につけた文章、彼の敬愛していた著作からの引用は印象的である。
「ぼくは生まれ変わったのだ。これはぼくの夜明けである。ほんとうの人生がいまはじまったのだ。
 じっくりと考えた暮らし方。生活の基本にたいする意識的な注意と身近な環境とそれに関連するもの、たとえば→仕事、職務、書物にたいする絶え間ない注意。どれも、効果的な注意力の集中がもとめられる(状況には、なんの価値もない。価値があるのは、事態との折り合い方である。すべての真の意味は現象と個人との関係のなかにある。それが重要なのだ)
 食べ物の偉大な聖性、生命の熱。
 実証主義、なにものにも勝る生活美学の喜び。
 絶対の真実と誠意。
 リアリティ。
 独立。
 結末 - 安定 - 一貫性」
「人生における唯一の確かな幸福は他人のために生きることだ、という彼(トルストイ)の言葉は正しかった・・・。」
「ああ、無意味で退屈な人間の饒舌などもう結構だ、崇高な言葉などもうなにも要らない、そんな気持ちになるときがどれだけあるだろう!自然、見かけはまったく口のきけない自然の中で安らぎたい、あるいは、骨の折れる長時間労働とか、熟睡とか、ほんものの音楽とか、感動のあまり言葉を失った人間の悟性といった沈黙のなかで安らぎたい、そんな気持ちになるときがどれだけあるだろう!」(ボリス・パステルナーク「ドクトル・ジバコ」)
「そんなわけで、自分たちの周囲の人々の生活と同じ生活、さざなみを立てることもなく合流しあえる生活だけが、正真正銘の生活であり、分かち合えない幸福は幸福ではないことがわかった・・・そして、これがもっとも厄介なことなのである」(「ドクトル・ジバコ」)


恐らく、こういう理想主義的な旅の物語は多くの若者の心に訴えかけるものがあると思う。だけど、彼の死をもって彼を英雄視するのはどうかな、と思う。上記の日記のように、彼の「ほんとうの人生」は旅を終えてから始まる、と彼自身が認識しているのだから。


この小説はショーン・ペンによって映画化された。米国ではすでに公開されているけど、日本は今年中に公開されるのかな。とても楽しみ。
http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2302705/2280262
しかし、ショーン・ペンという男は、気がつけば僕の個人的関心事にからんで現れてくる。ドッグタウン&Zボーイズ(ドキュメント版)のナレーションも彼だったし。あと、主演のエミール・ハーシュはロード・オブ・ザ・ドッグタウンでジェイ・アダムスを演じていた。
確かにスケーターが好きそうな物語ではあって、実は最近その影響を受けたフッテージを発見したのだけど、それについてはまた後で書きます。