ニューヨークドール

h-shark2007-07-30

レンタルで見ました。これはちょっと凄い映画。70年代初期、当時停滞しきっていたロックシーンに多大なインパクトを残し、オリジナルアルバムを僅か2枚だけ発表して数年で消え去ったバンド、ニューヨークドールズ。
解散して30年もの月日が絶った今、モリッシーがキュレイターを務めたロンドンのメルトダウン・フェスティヴァルにて、再結成ライヴを果たすことになり、それまでの経過をドキュメンタリー形式で映し出している。
様々なミュージシャンや関係者のコメント、全盛期の映像を盛り込みながらロック史におけるドールズの偉大さや魅力が充分に伝わる内容になっているのだが、物語の中心はバンドのベーシスト、アーサー・”キラー”・ケインを軸に進んでいく。


ドールズ解散後音楽キャリア的には何もやり遂げることができず、貧困の生活に長年苦しみ、自殺を図ったこともあるが失敗して死に切れず、その時の怪我で一年間車椅子で生活したこともあった。
そんなどん底の日々の中、彼はモルモン教に目覚め、教会が運営しているロサンゼルスの図書館で彼は働くようになる。


なんでもこの映画の監督は自分の結婚の際に、教会の催しを通じてアーサーと知り合ったらしく、アーサーとは日常的に何百回も会話を続けた仲であり、アーサーと監督の非常にパーソナルな距離感がこの映画を特別なものにしていると思う。


音楽業界とは疎遠になり、図書館の事務的作業を地道に続け、頭もすっかり禿げ上がってロックスターの面影は微塵も無くなってしまったアーサー。しかし未だに過去の栄光は忘れられず、時に自分の不遇に対する愚痴が思わず口から零れることも。そんな男に突然舞い降りてきたドールズ再結成の話。
ライヴに向け、質屋に入れてたベースを買い戻して練習を始め、かつてのバンドメンバーと再会し険悪だった仲も打ち解ける。そして本番では30年のブランクを感じさせない素晴らしいショウをやってのけ、観客からの大喝采とプレスの絶賛を受け見事成功を収める。


それだけでもう充分に感動的なのだが、映画は更に「奇跡的な」終末を迎える。それについてはここで書かないけど、見終わった後は茫然とするしかない、人生の不思議さを感じさせる映画になっている。そして映画を締めくくる曲として使われるのは、ドールズの曲ではなくスミスの名曲「Please, Please, Please, Let Me Get What I Want」だ。


だから どうかお願い
どうか どうか どうか
今度こそ僕の願いを叶えてください
神様は知っている 初めての祈りだと


この曲が流れる瞬間の感動はちょっと他ではありえないものだし、宗教的な美しささえ感じさせる。ドールズの熱狂的なファンだったモリッシーが再結成を支援し、彼の作った曲がこういう風にドールズのメンバーに捧げられることになるとは。そして監督もまさかこんなエンディングで締めくくるとは思ってもみなかっただろうし、主人公であるアーサーも分からなかったことだろう。


僕はドールズの音楽をちゃんと聴いたことが無くて、正直アーサー・ケインという人も知らなかったけど、予想を遥かに上回って映画の世界に引き込まれた。それはこの映画が人生とは何かという普遍的な命題を取り上げ、その核心に「図らずも肉迫してしまった」からだと思う(結末について書いてないつもりだったけど書いているようなものか、これでは)。映画の魅力は意図するものと意図できないものの間の揺らぎのようなものにあるのではないか、と僕は思うのだけど、そういう意味でこの映画は、これ以上のものは無いのでは、と思わせる。
正直ロックに詳しくない人にもおすすめしたいです。